2013年09月23日

テリーチェンバーズのレアインタビューPART4:XTC時代を遠い目で語る「中国人のかっこしたアンディがメンバー3人を乗せ人力車を引っ張っるアルバムカバーだったら良かったのに(!?)」「Travels in Nihilonはただ2,3回テイクを録っただけ」「Mummerは商業的自殺だと思った」

〜Part3の続き〜

「中国人のかっこしたアンディがメンバー3人を乗せ人力車を引っ張っるアルバムカバーだったら良かったのに(!?)」「Travels in Nihilonはただ2,3回テイクを録っただけ」「Mummerは商業的自殺だと思った」

Chalkhills
July 5, 2002
by Todd Bernhardt
原文はここで → http://chalkhills.org/articles/TBTerry20020705.html

テリーチャンバーズの2002年レアインタビューPART4:
冷えたビールを片手にリラックスしXTC時代を遠い目で語る
A conversation with Terry Chambers

TB(インタビュアー): (笑)Drums And Wiresと、そのアルバムの曲について。“Millions”について触れましたが、初めて聴いて非常に強い印象を受けました。 この曲について、TerryがAndyと話し合ってる時に彼は中国っぽいサウンドが欲しいと言ったんですよね。



TC(テリー・チェンバーズ): ええ。ただ、いかにもという感じで全面には出したくはなかったんです。ほんの少しだけ匂わせたかった。まあ、ご存知のように、自分はパーカショニストなんて者ではないですから。ちょっとドンドン・バシバシだけやるタイプで、本当に…

TB: ええ。同時に、この歌のドラムパターンは、非常にカッコ良い変わったパターンです。良くある典型的なロックンロールのドラムパターンではないですよ。

TC: そうですね。確か、これは、アンディと論議したはずだなあ。本当の所、どうやってこんなサウンドが出来たのか分からないんです。アンディがこんな感じのをやって(ギターのフックをマネする)、すごく中国っぽいんです。そこに、小さいベルとか、シンバルを追加したのかなと思いんですが。中国風サウンドなので、スネアドラムがロックスネアドラムのような音ではダメなわけで。だから、“スネアを少しきつめに締める”という良くある手法を用いたんです。だから、多少、サウンドがスナッピーなんですよ。

よく分からないけど。イギリス西部地方の四人の野郎が揃って、“チャイニーズミュージックとは何ぞや” と解釈しようとしてる(笑)!でも、何も中国に向かって “おい、違うぜ。チャイニーズミュージックとはこう演奏するもんだぜ!” なんて説教するつもりはありませんよ(笑)!

さっきも言いましたが、Andyは様々な国から楽曲のアイデアを探していたんですよ。“よし、うちの寝室に閉じこもって、ここの四つの壁について歌を書いてみよう”ではなくて。あの頃、あいつがどんな本を読んでいたのか知りませんが、明らかに視線は世界に向けられており、そこからインスピレーションを得ていたんでしょう。その時、中国で何か大きな政治的な動きがあったのか、あるいは、あいつは誰かが人力車を引いてるアルバムカバーにすべきだと感じてたのかも。

でも、それって、あり得るな! パートリッジ本人が、ああいう中国風の帽子を頭に乗せて人力車を引っ張ってるアルバムカバー!そしたら完璧だったのに(笑)!残りの野郎ども3人が人力車に乗ってる(笑)!!そうか、あのアルバムが売れなかったのは、そのせいか。間違ったアルバムカバーだったんだ(笑)!ミリオンセラーだったろうに、中国でね。全身中国服に身をまとったAndyが、ビートルズのサージェントペッパーズ風のコスチュームを着たバンドのメンバーを乗せ人力車を引っ張っているアルバムカバーだったらさ。もう、完璧だったろうに。

ま、とにかく、あのアルバムに関しては、僕の意見はあまり反映されていませんよ。それは、明らか (笑)! 過去を振り返り、どこで判断を誤ったか知るのは簡単だってことですよね。

TB: (笑)確かに!後悔先に立たず!

TC: まったく。

TB: Scissor Manでも、Andyは、外の世界にサウンドを求めていたようですが。ダブのサウンドが入っていますよね。 あの時点で、既に、レゲエやジャマイカンサウンドを聞いていたということでしょうか?

TC: あのサウンドも、おそらく、Andyのアイデアによるものでしょう。あの頃、レゲエバンドがそれこそごっそり登場して来ていて、XTC自身、ポリス(レゲエをベースにしたニューウェーブバンドだった)とツアーをやっていたわけだし。そういうサウンドに囲まれていたので、あの曲でも、レゲエみたいな感じが多少あるんです。ド

ラムは、ここでも再びスカスカのドラムになっています。その上から、他のサウンド要素を入れるために隙間を残してあるわけです。良くあるドンドンガシャーンというドラムパターンを避けているんです。

ヘビーなドラムサウンドはEnglish Settlementでピークに達したようですが、軽めのパーッカシブなドラムサウンドは、その後もずっと続いたんです。ビッグドラムサウンドは、僕の脱退と同時に終わったって感じ (笑)。

TB: そうですね。その後も、そういうどでかいドラムサウンドが時々出てきてはいますが。確かに、ああいう巨大なドラムサウンドはBlack Seaで一気に集合したという感じです。 あのアルバムのドラムサウンドはとにかくとてつもなくおっきい。

TC: はい。Respectable Streetなんかですね。正直に言うと、個人的にはおそらく、Burning with Optimism's FlamesがXTCの好きな歌の一つです。 あれをプレイするのは最高で、ライブでやるのが大好きでしたね。あれは、ええと、確か、16拍子ハイハットだったかな....



TB: ええ。どうやってあのパターンが出来たんですか?

TC: うーん。良く覚えてないなあ。(苛立ったような誰かの声のマネで)そんなの知るわけねえよ、Bill Brufordに聞けよ (笑)!正直、わからない。これも、お互いアイデアを出し合って作り出したパターンだと思いますね。4拍子か8拍子のハイハットから始めたと思うんですが、もっとキビキビしながらもデリケートじゃないとダメだと思ったんですね。だから、ハイハットにもう少し音符を乗せたわけです。バスドラム、スネアドラムはかなりソリッドでしたから。

ここでも、ドラムはスカスカにしてあるんです。ハイハットで行われるニッティング、僕らは時々そう呼んでいたんですけど、(注:編み物の意味)それ以外は隙間を残してあるわけ。ドンドンバシッって感じ。

あの曲では、ヴォーカルがかなりビッシリと盛ってあるので、問題はその上に乗せる他のパートをいかに軽くするかがだったんですよ。

TB: あのでっかいドラムサウンドは一体どうやって生まれたんですか。 テリーが、PadghamとLillywhiteと一緒に、“おい、ドラムサウンドをもっとどでかくしようぜ”などと提案したんでしょうか?Paper And Ironなど聴くと、ドラムが凄まじくでっかいんですよね。

TC: 分かりませんね。John Bonhamのせいじゃないですかね。僕らはカンカン鳴るような貧弱なパンクドラムサウンドから遠ざかり、もっと重みのあるサウンドが欲しかった。そうなると、やはり、Bonhamタイプの影響のドラムサウンドということになる。もっと、巨大で、オープンで、アンビエントな。 より、リアルなサウンド。

つまり、ドラム本体をマイクにピッタリ近づけて録るのではなく、もう少し自然な空気を与え、アンビエンスマイクをドラム本体の近くと部屋の周りに設置するんです。マイクの数は、ドラムの近くのマイクよりも、部屋の周りに多めに置くわけです。

これは、スカスカのドラムパターンに効果があったはずです。 部屋鳴きのどでかいドラムサウンドを狙うとなると、プレイ出来るパターンがかなり制限されてしまうので、もっとオープンでスカスカのリズムやパターンをやらないといけないんですね。

あまり、リズムやパターンをぎっしり詰めてしまうと、ひとつのサウンドが他のサウンドに重なってしまうからです。ドラム本体に近づけたマイキングとアンビエントマイキングを使い、全てのサウンドをうまくまとめることが出来れば別ですが。

TB: Black Seaが録音されたあのタウンハウスは、ドラムサウンドを録るのに何か特別優れたものがあったのでしょうか?

TC: うーん。石造りの部屋とか、ガラス張りの部屋がありましたね。それまでは、ほとんどのスタジオがカーペットの床で、すべてがドアの釘のように無味乾燥なものだったんです。 活気がない。

ところが、あのタウンハウスの部屋では、ドラムを叩くと、すべて粉々に割れてしまったわけ。 だから、この野獣(ドラム)をコントロールしないとやばかったんです。 ドラムをするには最高の場所でしたね。 アコースティック的には、“これだ!これこそが俺たちが望むドラムサウンドだ! これをそのままテープに録ろうぜ。あまり手を加えずにさ”と思いましたね。ただ、タウンハウスは使用料が高くついたのは明らかだね。

TB: あのアルバムでは、どのキットでプレイしたんですか。

TC: あれは、Tamaのドラムでしたね。 スポンサー契約を結んだんです-- XTCが日本に行った時、そこの工場とちょっとした契約をしたんです。 主に、TamaのドラムとPaisteのシンバルでした。 ただでもらった物はないが、結構良い値段に割引してもらえたんです。同じころに、Sniperを使いだしたんですね。エフェクトのようなもので......

TB: それについて聞くところでした。 最初に、Sniperの存在に気が付いたのが、Love At First Sightでした。

TC: うーん、ビッグドラムサウンドが出てきた頃ですね。そういえば、当時はSniperを “シロナガスクジラが水深200mまで届くオナラした”みたいなサウンドと呼んでました。さっきと同じ事言いますが、Life Is Good in The Greenhouseのようなベースドラムがスカスカのサウンドの曲でしかSniperは使えなかったですね。8拍ではなく、ある一定の所で1ビートやるんです。

これには使用法が書いてあるべきですよ。“これは4拍に1回プレイすること。それ以上はしないこと”って(笑)。

TB: 同じものをRunawaysでも使っていたんでしょうか?キックドラムで?

TC: そう、確かにRunawaysです。 そう、まさに、ああいうタイプのリズムにうってつけのものでしたね。 あの曲なんかの事を良く知っているのはおそらく、僕とあなただけでしょうけど.... (笑いながら、今どきの若いドラマーがこの記事を読む口調で) “へえー、これがどんな歌だか全く知らねえな。ま、ともかく買いに行こう!” あのね、まずは、このインタビューを先に読んでから買いに行ってください(笑)!

TB: (笑) Black Seaの話に戻りますが、あのアルバムからいくつかの曲について -- Living Through Another Cubaでは、素晴らしいスネアサウンドが聴けますが、後ろの方で凄く奇妙な打楽器が鳴っているんですが。それについて少し教えてください。



TC: これも、やっぱり、“アンディ・パートリッジの世界”なんですよ。 思うに、あの曲では、アメリカ、ピッグス湾(キューバ南岸の湾)、ケネディ大統領、キューバ等のイメージを歌っているわけ -- 第三次世界大戦の可能性ですよ。 Sniperがここでも使用されているんですけど、爆弾みたいな音なんです -- 実際の爆発の音というより、むしろ、良くある(口笛を吹いて爆弾が落下する音を真似る)という音。

ちょっと、歌詞の内容にふさわしいサウンドを出そうとしているんです。連想させるような音を。 あと、多分...うーん、カリプソ(西インド諸島のトリニダード島のジャズっぽい民俗音楽)も入っているんじゃないかな(笑)。ハイハットのところで。

TB: (笑)そうですね。 ちょっとひねくれたカリプソ。 この頃に、ロートタムを取り入れていますね。エフェクトに使っているんですよね。

TC: そう。ちょっと、通常のタム3点セットアップに、軽快さを与えるためってところかな。 これによって、もっと高域のサウンドを出せるようになりましたね。でも、本当は、主にサウンドを中断するために使ったんですよ。言わば、曲の中に、数回、完全なるピリオドとカンマを入れるって感じです。 (笑)

曲の特定のセクションの終止をシンバルで強調する代わりに使用したんですね。 たまには、ロートタムを、シンバルと一緒に使ったりもする。だから、スネアプレイがあって、次にビートがあって。軽い強調の仕方なんです。 少しダイナミックになっているんですね。ソングライティングがそういう方向に向かっていたんでしょう。

TB: そうですね。 English Settlementにおいて、ダイナミックなサウンドに完全に移行する前に、Black Seaのアルバムで、おそらく、それまでのXTCのレコーディングした楽曲で最もヘビーな曲が最後に収められています-- それが、Travels In Nihilon”です。



これは、一体、どうやってやったんでしょう? と言うか、あれは、同じパターンを何度も何度も何度も繰り返して、とにかく絶え間無く叩き続けている。しかも、ぴったり正確で。 あれは、レコーディング中に、トランス状態に陥ったか何かだったんでしょうか? (笑)

TC: (笑)そう… うん、なかなか良いところついてるね!これは、 テイクを何度録ったかわかりませんが、それほど多くはやっていないはずです。 たぶん、“もう、このテイクを良い出来にしないとな。俺だって続けるのにも限度があるんだら”って感じだったんじゃないですかね。 よくあるような、20〜25回くらいプレイして、“よし、じゃあ、この中で最も良い出来のを選ぼう”という種類の曲ではなかったんです。

僕が思うに、たったの2〜3回プレイしただけですね。それだけだったはず。

言っておきたいのは、僕らは、一度たりとも、クリックトラック(メトロノーム)みたいなものを使ってレコーディングしたことはないってこと。English Roundabout以外はね。あれは、反復的なリムショットだけ。 他の曲の様々なパターンみたいのは、そんなもの使わずにただ演奏したんですよ -- 楽器を結構演奏出来るなら、そのままレコーディングでも再現出来るだろ、ってことでしょ?

そういうサウンドの上にシークエンサーみたいなものを加えるのは意味が無いし、そういうことすることは絶対になかったですね。だって、あの曲を良く聴けば、おそらくスピードが早まってたり、遅れてたりするんですが、XTCが追及していたのは、単なる完璧な演奏の正確さより、もっとフィーリングの部分で曲が望んだように出来て皆満足出来るということだったので。

そう、あれは、ただの反復的なリズム。何よりも、一定の音量レベルに基づき反復リズムを刻んでいるだけです。 なんだか、ちょうど地球の果てに向かってリズムを築き上げている感じだったんじゃないかな。 あの雨 -- 実は、シャワーカーテンだったと覚えているんですが、最後の所は… (笑)

TB: ああ、そうやって録ったんですか? シャワー・カーテンから落ちる水のしぶきですか?

TC: そうなんですよ。良く聴くと、そういう音に聴こえますよ。雨の音と言うより。 雨の音をちゃんと録音出来るのかどうか知りませんが、僕らはタウンハウスのスタジオでその場しのぎで道具をセットしたんです。

TB: 次に、English Settlementについて。ここから、もっとアコースティックなサウンドへと移行し始めたんですね。 このアルバムでは、ロートタムの存在が顕著になっています。Yacht Danceや、Down In The Cockpit…

TC: Jason And The Argonautsとか。

TB: そう。

TC: あれは、Andyが“ギリシャ”にハマっていた時期に出来た曲。 ったく、あいつ、かなりの大陸をカバーしたなあ。ねぇ? (笑) 考えてみると、極東についての曲はもうやったし -- 中東についてはあまりやっていないですが -- 多分、その後、カバーするつもりだったのかもしれません。 でも、まあ思うに、Homo Safariでやっているって感じですかね。 Andyは、地球上のあらゆる場所を曲にしてますよ。

TB: (笑いながら) そうですね。It's Nearly Africaなんてのもあるし…

TC: (笑いながら) そう、そう…

TB: Snowmanは、南極までカバーしてますね…

TC: ええ、もう隅々までくまなくカバーしてるんです!

そうです。このアルバムの何曲かは本当に素晴らしい曲だと思いましたね。 だから、イギリスではダブルアルバムになったんです。アメリカでは違ったと思いますが。

Epicレコードはわめいて(アメリカのレコード会社の嫌な感じの重役の口調で)“ああ、アメリカではダブルアルバムなんて売れないよ。そんなもの売れるほどお前たちはビッグじゃないんだぞ。Eaglesじゃああるまいし。Grand Funkじゃああるまいし。おまえらはあーでもない、こーでもない、って。アメリカではシングル盤出すだけだ。”って。

English Settlementのアルバムカバーには結構骨を折ったんですよ。イギリス盤はエンボス加工してあって、多少、繊細な作りだったりとかして。

Epicの奴らときたらアメリカ盤ではやらないと言い張ってね。結局、貴方たちアメリカにはあの苦労して作ったアルバムカバーの手を抜いたバージョンをあげることになってしまったんです。

でもね、まあ、あのころは、イギリスとヨーロッパのレコード会社と、他の国のレコード会社がバラバラだったから、仕方がなかった。その上、当然、あいつらアルバムから何曲か外したわけ…

TB: ラッキーなことに、かなりの輸入盤がアメリカに流れてきましたから。

TC: でもさ、わざわざ輸入盤を買うっていうのはかなりの熱狂的XTCファンだけだから。普通の人はそこまでしないから、売上の可能性を狭めるわけ。だってほとんどの人が“レコード店に行って棚に置いてあるものを買おう。”となるんだから。

TB: それでも、多くの人があのアルバムがXTCの最高傑作に挙げていますよ。Black SeaとEnglish Settlementは確かに…

TC: うーん、そうだなあ、確かに、Mummerのレコーディングのリハーサル時に思ったのは、楽曲的には前のアルバム(English Settlement)に比べてあまり良くないなということでした。

音楽は、ずっと一貫して向上させていかないとだめだと思うんですよ。でも、Andyが言うには “これがXTCの新しい方向だから。” それが正しい方向への第一歩だとは思えなかった。

これじゃあ商業的自殺だろって思ったんですよ。 それと、僕自身、個人的な事情があったし。かなりプレッシャーを感じていたわけですよ…

TB: その時、奥さんはオーストラリアにいたんですか?

TC: いや、女房は一緒にイギリスにいたはず -- まあ、それに関してはあまり説明しませんが。それが僕が辞めた本当の理由ではないですからね

自分としては、どうしてもMummerの曲が前のアルバムより劣っているようにしか思えなかったんですよ。

その頃、ちょうどアメリカのツアーを終えたところで、Andyが病気になり、ライブを停止して家に戻り作曲しまくったんです。でも、それが、僕にはどうしても、作曲にベストを尽くしていない人間の手による曲の数々に思えたんですね。それ以外の言い方でいうべきではないと思う。微妙なニュアンスをわかってもらえれば(笑) --

English Settlement 時代の方が良い曲を書いたと思うんですよ。ハッピーだった頃の。神経衰弱を患った時ではなくて。神経衰弱の結果、生まれた曲が期待に答えるようなものではなかったと思えるんです。

Part5なるか〜
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2013年09月19日

テリーチャンバーズのレアインタビューPART3:XTC時代を遠い目で語る「XTCのギターリストオーディションにやってきたデイブにStatue of Libertyをやれと言うと“シングルバージョンか、アルバムバージョンか?”と聞かれた!自分でさえその違いはわからないのに(笑)。俺の心は決まった!」

Part2の続き〜

テリーチャンバーズの2002年レアインタビューPART3:XTC時代を遠い目で語る

Chalkhills
July 5, 2002
by Todd Bernhardt
原文はここで → http://chalkhills.org/articles/TBTerry20020705.html

テリーチャンバーズの2002年レアインタビューPART3:
冷えたビールを片手にリラックスしXTC時代を遠い目で語る
A conversation with Terry Chambers

「XTCのギターリストオーディションにやってきたデイブにStatue of Libertyをやれと言うと“シングルバージョンか、アルバムバージョンか?”と聞かれた!自分でさえその違いはわからないのに。俺の心は決まった」

(前置き:原文は非常に長〜〜いので、かなり中略しましたので、原文と照らし合わせるとかなり短くカットされてます。たぶんPart4ぐらいまでいきそう。)

TB(インタビュアー): テリーがああいう凄いドラマー達を見て、すっかり気がくじけたって言ってましたけど、僕も全く同じ気持ちです。凄いドラマーを聴くとやる気を奮い立たされるのですが、一方ではもう二度とドラムスティックを手にしたくないと思ったりもします。

TC(テリーチェンバーズ): 圧倒されるんですよね! The Yes AlbumとFragileの時代に、アラン・ホワイトの前にブールフォードがイエスでプレイしてるのを観れたのはラッキーでしたねえ。

TB: 僕は一回もそれは観た事ないですね。 きっと凄かったでしょうね。

TC: ああ、凄かったですよ。 最初イエスを見た時、トニーケイがキーボードを弾いていたんです。二度目は、リック・ウェイクマンがキーボードで、Fragileのアルバム時代でした。もう、ワーオと言う感じ。

TB: ええ、それは凄いラインナップでしたよ。

TC: いまだに、彼らのCDは買っていますし。女房がプログレとか大嫌いでね。聴いてるのはマイケル・ボルトンですから(笑)!でも、僕は今でも奥の部屋に座り、何本かビールを開けて、そういうアルバムを掛けて聴くわけ。 自分だけの世界に浸るんですよ!

ああいう音楽が大好きなんで。あんな感じの70年代のアルバム。いまだに好きなんですね。公正を期して言うなら、たぶんイギリスのドラマーの影響しか言っていなかったみたいですが、Grand Funk Railroad、Edgar Winterとか、ああいう人達もいますよね。

“Frankenstein”なんか、永遠にターンテーブルに置いてありますよ。 Grand Funkのライブのアルバム。息子のカイがずっと聴いていますね。 あのソロ----名前何でしたっけ?Brewster、Brewer?

TB: ドン・ブリューワーだと思いますが。

TC: そうですよね。 冗談だろって言いたくなるほど 凄いです。 3人組のも。

TB: はい。 歌うドラマーでもある。

TC: なんというアルバム! もちろん、ジェームス・ギャング--- 大好きだ。 うーん。名前を思い出そうとしているんですけど。悪いですが、多分忘れ去っている事が山ほどあって。でも、アメリカバンドでもたくさんいます。 モントローズ、サミーヘイガーとか、ああいうタイプのプレイヤー -- まあ、ギター奏者になっちゃいますけど。ああいう感じのが本当に素晴らしいです。 ニューヨークドールズ、ルーリード…

TB: そうですよね。あのタイプの音楽に若い頃大いなる影響を与えたんですよね?

TC: そうです。

TB: というのも、Andyもそうだったらしいですから。

TC: そう。 いや、実は、Andyは、おそらく、Colinや僕よりずっとアメリカの方に影響を受けているはずです。 Andyはもう少し -- えー、なんて言うか、あいつの方がずっとアメリカの音楽を聴く機会があったんですよ。

TB: そうですね。 Andyはレコード店で働いてたんですよね?

TC: うわっ!それは知らないな! あの頃、Andyはアーチストの仕事をしていたわけ。 ええと、何だっけ、あいつがやっていたのは。ラベルを書いたりするような仕事。今では、なんと言うのか知らないんですが。

TB: グラフィックデザイナー。

TC: ええ、そういう職業。 あいつは音楽よりそういう分野に関心があったんじゃないかな。 それに、専門学校にも行っていて、学校の仲間達がイギリスよりアメリカの輸入音楽の多くに影響を受けていたみたいですよ。それでAndyもちょっと夢中になって、Colinも僕に聴いてみろって教えてくれたんですよ。

TB: 演奏のテクニックと、いくつのか曲について話していましたよね。 一時期、オフビート、"ウラ拍"の所でハイハットを多用してましたよね。 ピースープ(豆のスープ)って言い方をAndyは好んで使っていましたけど。 多分、最初に聴いたのがMeccanic Dancingで、その後、Helicopterとか、Generals And Majorsなどのような曲でも聴けました。

“アンディ・パートリッジが、実際に踊るところを見れば、いかにあいつの言う“ダンス”ナンバーが全然踊れないナンバーなのかが分かる!”

TC: ええ、Meccanic DancingがAndyのいわゆる”ダンス”ナンバーのひとつ。 (皮肉で)そりゃあ、もうノリノリで踊れる!アンディ・パートリッジが、実際に踊るところを見れば、いかにあいつの“ダンス”ナンバーが全然踊れないナンバーなのかが分かる! 多分 “はいはい、そうですね、踊れますよね!”って言いたくなりますよ!

もし、みんながアンディみたいなダンスが出来れば、もし、世界中の人々にアンディみたいなダンスをやらせることが出来れば、もう大ヒット間違いなし (笑)!

アンディが踊る姿がまた頭に浮かびますね。本当に、時々踊ってたんですよ。元々、一緒にいて楽しい男だったけど、あいつのダンステクニックときたら、とんでもないくらい可笑しいのは保証しますよ。

TB: [笑] Andyに、“それを少しやってくれ”と言われたのか、それとも、そのようなテクニックを用いた他の音楽に魅かれていた‘のか、それとも...?..?

TC: あの時までには、ドイツとヨーロッパのツアーを二度くらいやったので、ヨーロッパの雰囲気を帯びていたんじゃないかな。 ドイツで、このメカニックなディスコタイプの音楽がブームで。 1つだけ考えられるのは -- ドイツのバンドのCanにAndyは非常に大きな影響を受けていたってことです。

Canはかなりメカニカルだったんですよね。 多くのこういうドイツのディスコミュージックは、すごく構造的にすごくきっちりしてるわけ。もっと良い方があるかもしれないけど。 精確なわけ。 -- 音楽がここできっちり始まって、3分経つときっちり終わる。というのも、ラジオでは3分プレイされるからです -- そういう感じの音楽。 EnoとBowieはドイツで色んな音楽を実験してるわけ。ケルンのミュージックシーンも活発に展開されていたようですね。 それにアンディはすごい興味を持ってたんです。

当時の曲にいくつか -- 例としてMeccanic Dancingとかは-- ずっと、ヨーロッパで聴いていた音楽の影響下にあったのではないですかね。 この曲は商業的な成功を狙ってやったわけではないんですよ。だって、聴けば分かるでしょう。いかにも、“これは商業的な成功を自ら絶つ曲!”でしょ (笑)。でも、確かな影響があるのが、分かりますよね。



TB: 確かに。 もう一つ気付いたことは、あの時期に既に、その後、更に顕著となるテリーのドラムテクニックです。--- パターンを一度決めると、そのまま曲をとおしてずっと同じパターンを叩き続けるんですよね。

TC: そうです。さっきも言ったけど、隙間を作るってことなんですよ。

アンディが音楽に対して、もう少し実験的な事をやり始めたので、録音プロセスの最初の段階ではアンディ自身が何をしていいかわからなくても、僕がスカスカのドラムパターンをプレイさえしておけば、後の方で色々アイデアを付け加えられたんです。 隙間を、全部ドラムで埋めてしまい、曲のどこかに入れられて録音されてしまったら、あいつに他の事を試してみるスペースが足りなくなってしまうから。

だから、あれが、ほとんどお決まりのパターンになってたんです -- アンディが言うわけ “これをやってみたいから、すこし隙間を残しておけば、後でこれをする余地がある”って。

ベースとなる歌、及び歌詞は既にあるんです。その上で、アンディは、まだ、少々他のアイデアを入れられるように制約をかけたかったんですよ -- 制約、なんて言いましたけど、でも、制約という言葉の最も良い意味で -- ドラムがする事を制約したかったんです。

だって、もし僕が"バーン・カーン・ガッツン”って最後までプレイしてたら、アンディはあちこち部分的に取り払っていただろうから。 そうする代わりに、アンディは”ここで少しキーボードのパートを入れたらどうかなって考えてるんだが、しっくりいくかどうかわからない。だから、まずはやってみよう。このリズムが欲しいってわかっているから”って。僕はそういうアンディのやり方を、まあ、それだったら妥協できるさって思ってました。

TB: 多くの若いドラマーが、オーバープレイという恐ろしい誘惑に負けてしまう。でも、テリーの場合は、歌をサポートし、歌のために必要最低限の事だけをすることに完全に満足していたようですよね。

TC: それと、音楽的な能力が欠けていたってことに尽きるかも[笑]! 分からないですが、なんとも答えにくいですね。 実は、おかしいんだけど、ジョンレッキーに言われた事がありましたね。あるシンバルの音であれこれ考えていて、ジョンに、シンバルの音をこんな風な音にしたり、あんな風にしたりしたいと色々注文つけたんですけど、本人を相当イライラさせたようでした。 それでジョンはただ一言、“そうしたらもっとレコードが売れると思う?” 結果、彼に同意せざるを得なかったです [笑]! ”それはないだろうな、” ”わかった。もうやめよう[笑]! ” 


“Daveは非常に貴重な存在。Barryとの交代は価値のある事でバンドの為に良かった。それにおとなしいからAndyに言われたとおりに従うタイプだったので良かった(笑)!”


TB: ジョンレッキーの話が出ましたが、それはGO2の時代ですよね。あのアルバムでテリーはBattery BridesとLife Is Good in the Greenhouseでサイクルドラミングに気が付きました。 一方、XTCに大幅な変更があったんですよね -- プロデューサー交代、キーボードプレーヤー脱退、ギタープレーヤー追加。 このような変化をどう捉えていましたか?

TC: うーん、ファーストアルバムは、実質的にはいつもリハーサルでやっていたように演奏して録音しただけ -- たいした変化はありませんでした。 あれは、かなり急いでレコーディングして、ほら出来たよって、叩きつけたような感じ。

GO2になると、ちょっとソングライティングに変化が訪れるんですね。 Colinはいつもよりもっとレコーディング作業に関わるようになって、Barry Andrewsもそう。スタジオも違う所でした。 明らかに次の段階へと進もうとしている時だったんです。

Andrewsは、ソングライティングの観点から、もっと自分のアイデアを取り入れて欲しかったんですよ。
AndyはAndrewsの楽曲は、バンドが目指す方向とは違っていると感じたわけです --

その結果、バリーは去った。 Colinと僕、多分Andyも、最初の2枚のアルバムはおそらくガッツに少々欠けていたんじゃないかなと思ったんですよ。 思うに、僕らがレコーディングで学んだことがあるとすれば、音楽を入れれば入れるほど、アルバムは静かになるという事。

XTCは、ライブでは、かなりうるさいバンドだった。なのに、初期のアルバムではそれが出ていないんですよね。 "爆音じゃないならこのアルバム聴くな!”って大々的に掲げていたにもかかわらず、実際にはそれほどラウドなサウンドではなかったんですよ。僕らは、もっとちゃんと、ライブのようなうるさい音をレコーディングでも出したかったんですが。

そこに、Drums And Wiresが登場したわけ。 全体的にサウンドがビッグになったんです。 前の2枚のような突拍子のない感じがやや薄れましたね。 キーボードがいるバンドから脱却し、ギター志向のバンドへと戻り、XTCは元の形に戻ったって事。

最初の2枚のアルバムにおいて、2番目のリード楽器がキーボードだったんです -- Drums And Wiresでは、Daveがギタープレーヤー兼キーボードプレーヤーでしたから。 Daveは非常に貴重な存在で、Barryとの交代は価値のある事だったわけです。バンドの為には良かった。

デイブが難しいプレイをしてくれるので、Andyは、リズムギターと歌に専念出来たんですから [笑]! そう、だからAndyは喜んでましたよ。それに、Daveは物静かで言われた通りにするタイプだったので[笑]、ちょうど良かった!  

TB: スティーブリリーホワイトとジョンレッキーと一緒に仕事をしてみて、二人の違いは何でした?

TC: 僕らみんなUltravoxのアルバムでリリーホワイトがやったプロデュースが気に入っていたんです。Peter Gabrielのプロデュースも少しやっていた。 LillywhiteはLeckieに比べドラムとベースのサウンドが良いように思えた。Leckieはギターとヴォーカル志向のプロデューサーだったんです。

TB: 確かに。 バリーに比べて、Dave Gregoryはバンドで上手くやっていましたか?

TC: 結構、上手く打ち解けていましたね。 オーディションらしきものをしたんですが。僕らが、“’Statue of Liberty’をやってみろ” と言うと、Daveは“シングルバージョンか、アルバムバージョンか?”って聞いたんですよ。 (笑)

TB: [笑]うん、こいつはいけそうだ!

TC: 思いましたよ、“何だって?俺でさえ二つの違いなんて分からないのに!” 自分なんかへまばっかりしながらやってきたのに。 “スゲェ、もうそれで十分だ。あの二つのバージョンの違いがわかるっていうなら” Andyに言いましたよ[笑]、“おまえが決める番だぜ、俺は今の質問でこの男に決めた!
posted by Miko at 12:20| ニューヨーク ☀| ☆大好評!!テリーチェンバースのインタビュー☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月16日

テリーチャンバーズの2002年レアインタビューPART2:XTC時代を遠い目で語る「XTCはDevoほどリズムを真剣に研究したりしなかった」「自分のドラミングは単なるアンディの引き立て役だった!」「ビルブルーフォードがDrums And Wires好きだったって?あり得ない!あの人は生き神だよ!彼がギリシャ人だったら絶対に神だったはず!」

Part1の続き〜

テリーチャンバーズの2002年レアインタビューPART2:XTC時代を遠い目で語る「XTCはDevoほどリズムを真剣に研究したりしなかった」「自分のドラミングは単なるアンディの引き立て役だった!」「ビルブルーフォードがDrums And Wires好きだったって?あり得ない!あの人は生き神だよ!彼がギリシャ人だったら絶対に神だったはず!」

Chalkhills
July 5, 2002
by Todd Bernhardt
原文はここで → http://chalkhills.org/articles/TBTerry20020705.html

テリーチャンバーズの2002年レアインタビューPART2:
冷えたビールを片手にリラックスしXTC時代を遠い目で語る
A conversation with Terry Chambers

(前置き:原文は非常に長〜〜いので、かなり中略しましたので、原文と照らし合わせるとかなり短くカットされてます。たぶんPart4ぐらいまでいきそう。)

今回はかなりドラミングのテクについて掘り下げています。ドラムの事良くわからないので、誤訳があったらすみません。

TC(テリーチャンバーズ):Andyは、ちょうど、チェットアトキンズみたいのをここに入れてみて(笑)どうなるかみてみようみたいな! うしろから演奏したり、逆に演奏したり、他にも何か変えて出来る事はないか?って。

つまり、こういう事。Andyがアイデアを思いつき、僕らに “おい、ここでちょっと〜が要るような気がするな…” とか提案するんです。

例えば、Millionsみたいな曲。あれには、中国の影響を入れなくてはならなかった。 それがこの曲のテーマなわけ。だから、小さいシンバルを打ち始めるんですが、もう少し繊細な打ち方になっていくんです。 そうやって歌が組立てられ始められ、そして、何について歌っているのかを考えるわけです。Andyは、自分が思っているよりもっと深く考えているんです。



あのころに、アンディは以前よりもっと優れた曲を書き始めたんだと思う。 スピードのある歌か、スローな歌か、というのではなく、もう少し内容のある歌 -- 主題のある歌が出て来たんですね。

後の方では、イングリッシュセトルメントに収められた曲、例えばセンシズワーキングオーバータイムみたいな楽曲が出て来たんですよね。初期の作品より、1曲1曲を巧みに練り上げるように作り始めたわけです。

“Devoは本当にリズムを研究したと思うが、XTCはそれほどリズムを深く掘り下げて曲を作ったりしなかったと思う”

TB(インタビュアー): サイエンスフリクションや、シーズソースクウェア、ハングオントゥーザナイト等でこういう(ドラムのビートをマネする)をやったんですよね?どういう事を考えていたんでしょうか?

TC: それは難しい質問だなあ。本当に。というのも、ああいう曲のドラムは自然に出てきた感じなんですよ。Andyだろうが、Colinだろうが、曲を作る方が “えーと、ドラマーは、この曲ではドンバン、ドンバンではなくて、バンドン、バンドンと打って欲しい”と僕に頼むんです。わかります?

次に、頼まれるのは多分、コーラスとか、ブリッジ、ソロの部分で “この部分の反対をドラムにしてほしい。” そうやって、曲を完全にバラバラにするんですよ。XTCの大抵の曲は、多分普通はやらないような変わったドラムを土台に非常にシンプルなリズムが乗っかっていたりするんです。

メーキングプランズフォーナイジェルだって、例えば、凄くシンプルなリズムなんだけど、逆さになっているだけで。 あのリズムを実際にハイハット、スネア、バスドラムでプレイしたとすると、こんな風になって(ビートを口真似する)、ハイハットを8分音符で打つことになるんです。ところが、僕はフロアータムでそれをやっているんです。 クソ簡単なリズムですよ。本当に。

一定の所でバスドラムを2ビートで強調されているだけ。シンプルな事を通常とは違った見方で考えてるだけです。ストレートに演奏するのではなくて。Devoがやったみたいに、XTCがこの曲でリズムを深く掘り下げて考え抜いて作ったと思われるのは嫌ですね。Devoは本当に研究したと思うんですが。 僕らはそれほど深く考え抜いたわけでは無かったと思う。

TB: ここ数日、XTCのアルバムを再生して、テリーのドラムのパターンを聴いていたのですが、もう一つ気が付いたのは、テリーの演奏はいつもタム重視だったように思えるんです。普通はシンバルか、ハイハットで行くところを、あえてタムタムを打つことは厭わないって感じで。 どうしてそうなったんでしょう?

TC: 良い指摘ですね。 あれは故意にやっていましたね。バンドとして決めていたのは、ドラムは、通常のハイハット、スネア、バスドラムの型にはまらないものにしようということだったと思います。僕らは、いつも “ちょっと待って。ここは、コーラス部だから、ライドシンバルを打とう”って感じですよ。

ネオンシャッフルとアトムエイジではやっているのが明らかでしょ。ライドシンバル/ハイハットのやつを多用しているんですよ。 でも、そういう通常から外れたやり方が出来たのは、そもそも楽曲が相当優れたものだったからですね。

自分達の曲でどこがコーラス部なのか、すぐに分かっちゃう。“テリーがライドシンバルを叩いてるぞ。どうやら、ここがコーラスだな。” でも、聴いてる人達には分かりにくくしたかった(笑)!

“おや、テリーは今、コーラス部にいるのか、ヴァース部にいるのか? わかんねーな。あいつ一体どこにいるんだ?” もしかしたら、他のメンバーさえも、なかなか分からなかったかもしれない! (笑)XTCのカバーをやろうとする人にも!

TB: ザ・リズムという曲みたいなのだと、こんな風に(8分音符ビートを口真似る)バスドラを打っているんですよね。 ダブルキックをやろうと考えたりしませんでしたか?

TC: いいえ、ないですね。 もし、僕が脱退する前にもう一枚アルバムをやっていたら可能性としてはあったとは思いますけど。Andyはダブルキックはあまり好きではなかったわけで。 基本的に、アンディは4分音符と8分音符が好きな奴だったんですよ。

サウンドの下の方(ドラム)はすごくシンプルにしたかった。そうすれば、その上の方でもう少しいろいろ実験出来たからですよ。 ダブルキックみたいな事始めれば -- 3人組のバンドが必要だから。 XTCは、2本のギターの上、キーボードまであったし、ヴォーカルは3パートでしたから。そういうアレンジの中にダブルキックみたいの入れたらごたごたし過ぎだと思うんですよね。 言ってることが矛盾してるかもね。だって、ディープパープルはすっげえ見事なダブルキックやってるし、シンリジーだってそうだし、他のバンドもやっていますね。 でも、やらなかった言い訳としてはただ僕らの曲はそういうバンドとは異なっていたということでしょう。

TB: まったくその通り。 そこで出てくる質問が2つあります。 質問1は、XTCでやったら上手く行っただろうか? たぶん、答えはNOでしょう。 質問2は、でも、テリーはやってみたかったのでは? 答えは、たぶんやってみたかったでしょう。

TC: その通りだと思う。 アンディはそういうのをやることに眉をひそめたんですよ。ドラムキットが肥大化するのを良く思わなかったんです。わかります(笑)? こと、ドラムに関しては、あいつは小さいパーツをあれこれ寄せ集めたドラムセットで十分だと言う人だったんですよ。

小さいシンバルとかロートトムみたいのな地味なセット。嫌がったのは、ベースドラムがどんどんでっかくなっていくことです。超巨大ドラムセットとドラムライザーみたいな。 アンディはそれを食い止めたかったんでしょう。 (笑)“持っているもので間に合わせろよ。まったく!”ってさ。

“自分のドラミングは単なるアンディの引き立て役だった!”

TB: (笑)そうそう。 アンディがそいいう事に関する自分のアプローチについて話してくれたんですが、良く言っていた事の1つで----確かにXTCの音楽を聴いてみると明らかなんですが----サウンドの中に穴を見つけて、その穴を埋める作業が好きだと言うんですね。つまり、テリーのドラミングで埋めなかったスペースを…

TC: そう。

TB: …その“穴”をアンディのギターや、ヴォーカルで埋める作業が好きだと言うんですね。 多くの場合、アンディはテリーの四拍子のドラミングに対して三部合唱を歌ったり、同じことをギターでやったり、とか。そういう事をするには、ダブルキックだったら非常に難しい事になっていたでしょう。

TC: そうなんですよ。全く、おっしゃる通り。自分のドラミングは単なるアンディの引き立て役だったんですよ! (笑)いや、本当ですよ。まったくその通りだったんです。 さっき、たぶん影響を受けたドラマーとしてサイモン・カークの名前を挙げなかったですが、知っていますよね、フリーとバッドカンパニーのドラマーですよ。

TB: もちろん。

TC: 音の隙間と言う意味では、彼に受けた影響は大きいです。 たぶん、僕のドラミングでは聴けないんじゃないかな。でも、意識下には確かに存在しているんですよ。わかります? 隙間とか、穴とかを言い出すと、ま
ず頭に浮かぶのが彼ですね。

TB: それは確実にテリーのドラミングから聴けますが。

TC: 本当に?

TB: ええ、それがわかるんですよ、というのも、ちょうど良い事に、僕は、テリーのドラミングと、他のXTCのアルバムのドラマーのドラミングに合わせてドラムをマネして叩いた回数はどのドラマーより多いはずなので(翻訳注:このインタビュアーはアマチュアドラマー)。そのドラミングについて本人とここでこうやって話をしているのは、ちょっと変な気分ですけどね。

TC: (笑)そうですね。

TB: その隙間というものは自分のドラミングにもあると思うんです。テリーには多大な影響を受けましたので。

“ビルブルーフォードがDrums And Wires好きだったって?あり得ない!あの人は生き神ですよ!彼がギリシャ人だったら絶対に神だったはず!”

TC: あのね、トッド、中間業者なんかスキップして、さっき僕が名前を挙げたドラマーを直接聞いた方が良いですよ! (笑)

TB: ええー、実はそれもやったんです!

TC: すると、僕のドラミングと彼のドラミングとのつながりを感じます? 自分でも彼のやり方を目指して結構努力したんですよ。 結局、自分が到達したドラミングはさっき挙げたドラマー達の影響の全てを混合した結果なんですよ。 どこに到達したかは神のみぞ知る----いや、僕が到達したのはどこかって言うと、実は地球の底だったんです(笑)! (注:テリーはXTC脱退後、地球の底あたりに位置するオーストラリアに移住した。)文字通り。 ドラムを叩き続けて遂に植民地時代の奥地の果てへとたどり着いてしまった。 植民地時代に、囚人をここへ島流ししていたんですよ----僕は自分で自分を島流しにしちゃった!

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TB: (笑)ドラマーは誰しも影響を受けたあらゆるものを混ぜ合わせたスープなんじゃないかと思います----肝心なのは、影響を受けたすべてを入れて良く混ぜる。すると、元々影響を受けたものよりやや異なる味になる。 それでも、元の原料(影響)を味わうことはできる。 だって、テリーのドラミングを聴きながらマネして叩いたのは自分にとって良い事でしたし。そういうサウンドの隙間や、規律というものを聴くことが出来ました。プログレドラマーを聴いて育ったもので----ビル・ブルフォード、カール・パーマー、初期のフィル・コリンズ…

TC: そうですよね。 結局、僕は、そういうドラマーを聴くのを止めましたけどね。 “うーん、こんなすげえドラミングなんて俺には絶対にムリだ。だったら、これからは、俺は俺のやり方で行こう”って思ったんです。 (笑)“学べる限りの事はこいつらから学び尽くしたからもう良いだろ”って(笑)。

あの人たちに追いつくことなんかあり得ないですよ。だって、“やっと、こいつらのレベルに近づいてきたぞ”と思っていると、あの人達の新しいアルバムが出て、またひとつ上のレベルに到達しているわけ” だから、一生勝つことが出来ない! (笑)

TB: (笑)そうなんですよね、言いたいこと全く良くわかります。 これを知ったら何かの慰めにとなると思い教えてさしあげますが、ブルフォードの1980年のインタビューを読んだのを覚えているんです。あれはちょうどキングクリムゾンが再結成してDisciplineをリリースしたばかりの頃。そのインタビューでブルーフォードに今聴いているアルバムを5枚挙げてくれと聞いていたんです。 ブルフォードが挙げたアルバムの一つがDrums And Wiresだったんです。

TC: (唖然)本当に?

TB: 本当です。

TC: うわあ、それはジャグハンドル(卑猥なスラングで、意味は“あり得ないような事”)だ!そんな言葉使っても良いなら! つまり、信じられないよ!

TB: (笑)本当ですよ。ちょっと立場が逆になりましたよね?

TC: うーん、だって… 僕なんか彼の話をするにも値しない男ですよ! (笑)あの人は生き神ですよ! 彼がギリシャ人であったら、絶対に神だったはず!

Part 3をお楽しみに〜
posted by Miko at 10:00| ニューヨーク ☁| ☆大好評!!テリーチェンバースのインタビュー☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月15日

テリーチャンバーズの2002年レアインタビューPART1:冷えたビールを片手にリラックスしXTC時代を遠い目で語る「本当はピアノをやりたかったが女々しいと思ったのか親父に反対された」「影響はヘビメタ系。ヒーローはビル・ブルーフォード」「バリーはギタリストになるべきだった。キーボードじゃあステージで持ち上げて飛び跳ねたり出来ないから」

Chalkhills
July 5, 2002
by Todd Bernhardt
原文はここで → http://chalkhills.org/articles/TBTerry20020705.html

テリーチャンバーズの2002年レアインタビューPART1:
冷えたビールを片手にリラックスしXTC時代を遠い目で語る
A conversation with Terry Chambers

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土曜の暑い午後、ニュー・サウス・ウェールズのニューキャッスル近辺にある自宅で、テリーは冷えたビールを片手にリラックスしXTC時代を振り返る。

7才の頃からサッカーをやっていたが、14になって他の事に関心が移った。 1968-69年の頃、音楽的には、多くのヘビーメタル系が出て来た時期だった。ゼッペリンとかディープパープル、ブラックサバス等。 当時のヒット曲はキンクスの"You Really Got Me"だった。 それが、彼の心を捉えた。

69年には、スポーツへの興味は薄まり、音楽と異性の方に関心が高まった。

TC(テリーチャンバーズ): 音楽と女の組み合わせの方が、女とサッカーの組み合わせより相性が良いですからね! 69年には、ご存知のようにジミヘンが登場してセンセーションを巻き起こしていたわけです。

うわ! 彼は、ただギターをつま弾くんじゃなくて、ギターをバンバン叩いて(笑)、エクスペリメントしていたんですよね。だから、単なる6弦でいくつかのコードを弾くんじゃなくて、とんでもないくらい最大限に実験してたわけ。

本当は、ピアノを弾いてみたかっんですが、親父にそんな高価な物は買えないと言われた。多分ピアノなんて男らしくないと思っていたんだと思いますね。相当の酒飲みでね。僕はそれを受け継いだんだけど(笑)。昔は、飲酒運転は許されていたんですが、親父もそういうことやってました。しかも、タクシー運転手だった! [爆笑]

自分ちは誰も楽器など弾けるものはいなかったです。アンディのうちとは違って。あいつの親父さんはドラマーでしたから。ジャズドラマーで、良い人でした。

土曜の朝、映画に行く途中で楽器店を通り過ぎた時、窓から店内にあるぴかぴか光るドラムキットが目に入ったんです。古いブロードウェイキットだったんですけど。物凄くカッコよくて、色はブルーで、クロームで、光を放っていたんです。いくらだったのか忘れたけど、ピアノよりは全然安かったのは確かでしたね!

そのドラムキットを買うために安いアルバイトを始めたんですが、手に入れるには十分の稼ぎでした。

姉貴が古いモノラルプレイヤーセットを持っていたんですけど それでレコードを掛けて、ドラムをどうやってプレイするのか聴いたんです。それで、”ここのドラムは何をしているんだろう?” ひとりでブツブツ言いながら聴いてるドラムをマネしてるわけ。“こんな感じかな....いや、違うな” バスドラムと、スネア、タム、その他のドラムキット一式のそれぞれの違いを知ろうとしていたんですね。

それで、やっと少しずつ分かってきて、スネアを叩くべき所でビシ、ビシ、ビシと叩けるようになっていったんです。 ちょうど、数字をふって、その順番通りに叩いて学んでいくみたいに(笑)!ようやく、“今、こいつを叩いて、それから今度はこいつを叩いて、ドンドンドン、今度は下の方で叩いてるな”という所まで辿りつけたんです。 どこをどう叩いているのか分かるまで耳を訓練しなくちゃいけなかった。コピーするのに、チッコいレコードプレーヤを何度も回しつづけたんです。

つまり、少し聴いては叩き、聴いては叩き、を繰り返して。 というのも、その当時は、まだヘッドホーンなんて聞いたこともなかったし。変だけど。そういうものはずっと後に出て来たからね。正直言って、多分レコーディングスタジオに入る前は一度も見たこともなかったはずです。だから初めて見たときは、“これ何だ?”って感じで。“ステレオ天国! 金が入ったらすぐにこいつら買わなくちゃ!” (笑)

(中略)

影響を受けたのは、ヘビメタ系。レッドゼッペリン、ディープパープル、シン・リジー。リストにすればキリがないです。イエス、エマーソンレイク&パーマーみたいなタイプのバンド。 キング ・ クリムゾン。 (中略) あんな風に凄いプレイが出来るようになる前には俺はもう年老いてるぜ” なんて思ったわけ。実際、年老いたけど、未だにあんな風にプレイ出来ませんから! (笑)

TB(インタビュアー): テリーに最も影響を与えたドラマーは誰でしょう? テリーが今挙げた、イアンペイス、ジョンボーナム、ビルブルーフォード、カールパーマー…

TC: ビル・ブルーフォードですね。後は、ブラックサバスのビルワード、シンリジーのブライアンドウニーも挙げておかないとね。ピンク・フェアリーズってバンドは世界的には成功は収めなかったが、ホークウィンドと並びアンダーグランドバンドとして活躍したんです。アンディパートリッジが通ったスウィンドンポリテクニックスクールでのギグを、何度も観ることが出来ましたね。そのバンドに2人のドラマーがいて、ラッセルハンターとトゥウィンクという名前で、二人ともドラムとリードヴォーカルを兼ねて担当していたんです。

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あの二人には物凄く影響を受けましたね。ヘビメタより更に粗々しい感じのドラムだったんです。 彼らはジミヘンに多大なる影響を受けており、エコー多用のギターみたいな。

(中略)

TC: ええ。 自分がどういうプレーヤーだったかわかりませんね。コリンに尋ねてみないと。コリンと一緒にプレイすると、二人同時にちょうど良いタイミングで始まり終わるわけ。すごい気持ち良い感じでした。

TB: バリーアンドリュースが加入した時はどんな感じでしたか?

TC: アンドリュースは僕らよりややパンク寄りでね。 考え方が本当にロンドンっぽくって。僕らは別にそれに反対だったわけじゃないですが。だって、結局、活発なシーンはロンドンだったんですから。だから、僕らは“うーん、こいつの考えは正しい方向だな”と思っていましたね。 あいつは、僕たちのイメージよりはもう少し革ジャンとかラモーンズ系のイメージだった。と言うか、そもそも僕らにはバンドのイメージなんてものなかった! [笑]

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(中略)

思うに、アンドリュースはギターをやってたら良かったんだよね。あいつこそギターリストってイメージがあったから。 キーボードだと、ステージ上でのアクションが制限されましたからね。 ギター弾きながら、ステージの床に膝から飛び降りてスライドするみたいなさ (笑)。そんな事、あのクソ重いセミアコースティックのアップライトピアノじゃあ無理でしょう。 ステージ上で持ち上げるには世界一重い楽器だったのは確か!


(中略)

ああいう、突拍子の無いキーボードサウンドが流行っていたんです。当時は、本格的パンク、ピストルズとかダムズ、クラッシュみたいなギター中心のバンドがいて、それとはわずか離れた所に、キーボードプレーヤーを含むエルビスコステロ、ストラングラーズみたいなバンドと並んでXTCが存在していたんです。 だから、あのころは、ギターバンドか、または、キーボードプレーヤー付きのギターバンドかどちらかを取るしかなかった。

TB: そう。 ややメロディー重視の、ですね。

TC: だから、キーボードプレーヤーがいれば、キーボードをめっちゃめっちゃに壊したりしていた。許されたわけです。 ただし、キーボードがあると、ちょっとパンクらしさに欠ける。そりゃあ、キーボードを弾けるくらい知性があるってことは、おまえは本物のパンクじゃないぜって事だから(笑)。だから、“ちょっと、待てよ。こいつって正式な音楽の教育を受けてるぜ!”

反対にピストルズなんかだと、ギター志向のバンドだから、ただステージに立ち、音程が外れようがお構いなしで演奏しまくるわけ。 キーボードプレーヤーがいると、それこそ音程とか外れないようにか気を付けるんです。

TB: バリーの独特のサウンドに加えて、アンディのギターも物凄くクセのある不協和音のギターだし、テリーはテリーで、コリンと共にストップ・スタート・アクセントを多用し非常に強調されたタイトリズムセクションという、XTCのリズムを生み出したんですよね。

TC: そうそう。でも、アンディがそういう曲を書いたから、そういうサウンドになったというのはわかりますよね? XTCの楽曲を聞けば、そのようなサウンドはギターから生まれたのがわかりますよ。いわば、“スタートとストップを同時に出来ればタイトなバンドだ”というわけ。大抵の優れたバンドはそれが出来る。

バスドラムとシンバルを同時に打ってシンバルをつかむことが出来れば -- わかります?例のこういうやつ(シンバルチョークのマネをする)。あと、ハイハットを同時にクローズすることで、タイトなフィニッシュになるんですよね。あえて言うと、“もっとタイトでシャープであればあるほど良い。” 

あの頃、ちょっと皮肉だったのは僕らはダンスバンドを目指していたということ。おそらくXTCにとては最もあり得ないイメージでしょ。痙攣みたいなダンスならともかく… どうやってXTCの曲でダンスするのか謎ですが。

TB: でも、アンディは常に“ダンス”ソングを書こうとしていたんですよね。例えばSpinning Topとか...

TC: ええ、そう。 アンディは、おおまじめにこの曲で踊れると考えていたようです。 僕はまったくそう思わないんですが… [笑]

TB: Neon Shuffleもダンスソングになるのでは…

TC: そうですね。確かにNeon Shuffleは、リズムを良く聞けば、ダンスソングをベースにして作られたと言えます -- リズムという点では。思うに、フォートップのリズムのスピードアップ版のような。 そのように考えられる。

もっと解析するならば、スピードを上げたモータウンリズムって感じに思えますね。

TB: 興味深いですね。

TC: ええ、あのスネアドラムのリズムが。あのビートが、そう思わせますよ。

TB: 四拍子でプレイされる場合を除いて。

TC: そうそう。 まあ、元々Neon Shuffleを、フォートップスのどの曲だろうが同等と見なす事自体、ヤクでハイになってでもなければ出来ないことだけど(笑)。

その2をお楽しみに〜
posted by Miko at 04:04| ニューヨーク ☀| ☆大好評!!テリーチェンバースのインタビュー☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする